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CAR-T細胞療法の固形がんでの展開―信州大学とのHER2_CAR-T細胞療法開発

 先月末、第19回日本再生医療学会総会が今年はオンラインで開催されました。そこでは、当社で開発中のHER2 CAR-T細胞療法のデータも発表されています。

 本邦でも昨年の3月に、CD19 CAR-T細胞(キメラ抗原受容体T細胞)治療薬キムリアが承認されました。適応症は、リンパ球のがん(再発または難治性B-ALL及びDLBCL)です。血液がんでは奏効率は70-90%に至ることもあり、血液がんの治療は大きく変わりつつあります。

 そして、がん免疫療法における細胞医薬には、2つのテーマがあると思います。一つは、血液がんで科学的に有効性が証明されたモダリティを、より患者数の多い固形がんで展開できるか。もう一つは、患者自身の血液を用いる自家細胞療法の製造面や普及における制約を一気に取り払う他家(off-the-shelf)細胞療法へと展開できるか。

 今回は、一つ目のテーマについて話してみたいと思います。
固形がんへの展開でハードルになるのは、固形がんでは、血液がんには無い、腫瘍微小環境(T細胞が中に入っていきにくく、入り込んだ後でも様々な抑制的なシグナルや阻害を受けてT細胞本来の機能を喪失してしまう場)が形成されていることです。
私たちは、そのような抑圧的環境を克服し機能を発揮するHER2 CAR-T細胞を、これまでCD19 CAR-T細胞を開発した経験のある信州大学の中沢洋三教授らとともに開発しています。

 がん免疫療法の基本は、腫瘍特異的なT細胞でがん細胞に対して数的優位に立って、がん細胞を駆逐するよう仕向けることですが、それはCAR-Tも同じです。患者に投与された後に「体内で増えること("expansion")」と、「体内で長持ちすること("persistence")」がCAR-T療法の臨床上の有効性を示唆する指標となります。固形がんを対象とするときは、この性能がより重要性を増します。
 私たちは、そのような特性を有するT細胞の特徴(フェノタイプ)を、T細胞が分化していく過程における初期の形態である「ステムセル・メモリー」型に見出しており、CAR-T細胞製造において、このフェノタイプが多数を占める新規の製造法を開発しました。
 CAR-T細胞製造は、患者から採血してT細胞を単離し、刺激を与えて増やした後にCAR遺伝子を導入し、さらにその後、培養して増やす流れです。このとき、中沢教授の言葉を借りれば「(CAR遺伝子を)そーっと入れること」、及び「その後で(CAR遺伝子導入T細胞を)ちゃんと増やすこと」が、私たちの技術の肝になります。これを、中沢教授が元々有するpiggyBac技術という、CAR遺伝子を導入するのにキムリアのようにウイルスを使わない方法と、新規培養法を用いて実現しています。

 今回の日本再生医療学会総会では、HER2 CAR-Tのマウス・モデルにおける有効性がデータで示されていますが、一つの重要なマイルストーンです。がん治療薬の開発においては、非臨床試験段階で、いわば試験管の中での実験(in vitro)と、動物モデルを使った実験(in vivo)の双方で抗腫瘍効果が見出されたものを臨床試験へと進めます。モデル環境で行うin vitro実験で抗腫瘍効果がみられても、in vivo実験ではうんともすんとも言わないというのはよくある話で、特に細胞医薬は繊細です。
 中沢教授が昨年末開催の第81回日本血液学会学術集会における教育講演「血液腫瘍に対するCART療法」で語ったエピソードが、これをよく示しています。CAR(キメラ抗原受容体)は、細胞外の「抗原認識部位(抗体の先端部分をイメージ)」と細胞内の「シグナル伝達ドメイン」が、いわば主役で、細胞内と細胞外をつなぐ細胞膜を通過する「膜貫通ドメイン」、さらに細胞外で「抗原認識部位」と「膜貫通ドメイン」とをつなぐ「ヒンジ」(かなり短い)があります。米Baylor大学で当初開発していたCD19 CAR-Tと、同時期に開発され将来承認に至ったCAR-TとのCARの構造の違いは、この僅かなヒンジ部分だけだったのですが、Baylor大の方はヒンジに使用していたIgG1のFc領域に結合するマクロファージが増殖して効果が減弱することが臨床試験により明らかになり、このCARが世に出ることはありませんでした。
 「ほんのわずかな違いで、全く効果が無い」(同中沢教授)こともある中で、私たちのCAR-Tの抗腫瘍効果を一歩一歩確認しながら、開発を進めています。

 次回は、もう一つのテーマである、他家(off-the-shelf)細胞療法への展開について話してみたいと思います。

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